2012年6月4日

7/7 第6回日本カンボジア研究会、発表要旨(2)

カンボジア北部の製鉄業の地域性とその変容 

池上 真理子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程)

発表者は民族考古学の観点から、カンボジア北部で20世紀半ばまで行われていた少数民族による鉄生産の技術や生産者集団に注目し、2008年より現地調査を行ってきた。本発表はこれまで作成された民族誌に対し聞き取り調査や民族資料の分析を通じて、鉄生産が行われていた村々の地域ごとの特徴やつながり、変化に注目したものである。
プレア・ヴィヒア州、コンポン・トム州北部では近代まで少数民族Kuay (Kuoy, Kouy) の居住地を中心として、土着の製鉄が行われていた。この鉄生産の拠点はプノム・ダエク(鉄鉱山)周辺であったとされ、アンコール期に建造された近隣のプレア・カーン遺跡内に残る製鉄場跡との関連性が研究者によって指摘されてきた。19世紀半ばから20世紀半ばにかけて作成された西欧人による民族誌・先行研究によれば、クオイの製鉄は儀礼の責任者チャーイのもと、村人10人あまりによって1年のうち農耕を行わない乾季(2,3月)のみに行われた。村人は原料の鉄鉱石を採掘し村に運んだ後、長方形の炉の中で1日がかりで木炭と共に燃焼し鉄を作った。これらの鉄はインゴットの他、山刀や斧などの日常具に利用されラオスやタイとも取引があったとされている。一方でこれらのクオイの製鉄に関する資料は、あくまで限定された期間、地点で行われた調査にとどまったものであった。
これに対し、発表者は近年行われている製鉄遺跡の発掘調査の成果を利用しながら、鉄生産者およびその関係者への聞き取り調査や現地での収集資料の分析を中心とした調査を行ってきた。これまでの調査により、鉄生産地が鉄鉱山周辺のみならずより広範囲に広がっていたことが明らかとなり、鉄生産地域内での村ごとの特色が示されている。製鉄場等で収集した羽口等の民族資料は、鉄生産地における地域性や時代ごとの変容を示している可能性がある。また本発表においては、聞き取り調査の成果を通して、先行研究の精査だけでなく、村同士や近隣地域とのつながりの一端を示し、今後の研究の足がかりとしたい。