2013年6月9日

6/29 第7回日本カンボジア研究会、発表要旨3

「カンボジア南西部カルダモン山脈における社会関係の再編-移動、離別、交流、再会、記憶」

石橋弘之(東京大学大学院農学生命科学研究科、日本学術振興会特別研究員)

 カンボジアでは1970年代以降の政変と内戦から避難するために、人々は国内各地から海外まで様々な形で移動を経験した。そのなかで、カンボジア南西部のタイ国境沿いにあるカルダモン山脈は仏領期前後から林産物交易品の産地として人の往来があった一方で、タイとの戦争や徴税からの逃亡を通じて人びとが歴史的に移動を繰り返して来た地域である。そして、ポル・ポト政権下の強制移住に続き、同政権が崩壊した1979年以降はカンボジア内戦の激戦区となり、1990年代末まで続いた戦災から逃れるために、住民は森の中やタイ国境難民キャンプに避難し、その過程で親族や知人との離別離散を経験した。

 山脈各地ではでは治安が一時的に安定した国連暫定統治下の1990年代初頭に集落が再建され始めたが、親族や知人と離別した住民はお互いに地理的に離れた村に暮らすことになった。しかし、そうした中でも、終戦後に再会して交流や連絡を続ける人もいれば、それができなくとも離別した相手や故郷の記憶を持ち続けている人もいる。また、1970年代以降の出来事は住民間の離別をもたらした一方で、避難のために人びとが移動する過程で同じ山脈出身でもそれまで会うことのなかった村の住民や、その他の地域から逃れて来た人と山地住民との新たな交流を生み知人・親族関係を形成する契機でもあった。そして、2000年代以降には道路や橋の整備とともに人の往来は活発になり、NGO活動の参加や、開発事業に対応する過程で離れた地域をつなぐ形で住民間の交流が派生している。

 この背景をふまえ、本発表では報告者による2007年から2013年までのフィールドワークの結果をもとに、人の移動と交流の歴史と現在から、山脈に暮らす住民の社会関係の及ぶ範囲とその再編を一つの集落を越えた空間的な広がりから捉えることを試みる。具体的には、山脈各地の主要集落の分布、開拓、移動、再建の経緯を概観した上で、時代ごとの個人・家族単位の移動を出身村、移動先、移動理由、内戦前後に出会い離別した相手との知人・親族・婚姻関係などから住民間の交流や再会の状況を整理する。